霊山寺本堂にて行われた平和祈願法要(導師は上田尚道代表)

令和6年3月2日、長野市善光寺の北、花岡平にある霊山寺(真言宗智山派)において、当会結成十五周年を記念する結集『チベットを知り、祈ろう@長野』が開催されました。会場を提供くださったばかりか、法要にご随喜くださってともにお祈りくださった霊山寺黒田照豊御住職様はじめ、ご来場の皆さまには心より御礼を申し上げます。
当日は、上田尚道会長をお導師のもと、全国各地より集ったスーパーサンガの幹事による法要が営まれ、参列の皆さまとともに中国共産党による侵攻以来つづく弾圧による犠牲者の追悼と、チベットの解放と平和を祈念いたしました。法要に続いて、霊山寺に隣接する花岡平の一隅に建つ、チベット宝篋印塔に全員で参拝しました。その後、客殿に移動して在日チベット人のゲニェン・テンジン氏による特別講演があり、『ヒマラヤを越えて〜亡命チベット人として生きる』と題し、氏の生い立ちやチベットでの苦難と亡命、そして日本での生活のお話をお聞きしました。恐怖や悲しみ、怒りを感じるお話でありながら、ゲニェン氏の温かな笑顔と誠実な語り口、そしてチベットの音楽に参加者はみな胸を打たれました。最後に上田会長から、会として今後も変わらずチベットの平和のために祈り、行動していく決意が述べられました。
この結集の前に、スーパーサンガとゆかりあるニチャン・リンポチェ猊下と、当会を陽に陰に牽引された若麻績敬史上人がご遷化され、法要はもとより結集を通してお二方への追悼の祈りが捧げられました。大きなともしびを二つも失ってしまいましたが、お二方にいただいた仏の教えや平和への心は、これからも当会に息づいていくでしょう。

宝篋印塔に祈りを捧げる参加者たち

思えば2008年、夏の北京オリンピックを前に、中国政府がチベット本土の統制を強め、3月にはこれに対して本土のチベット人たちが自由と独立を求めるデモを繰り広げました。このデモが世界から注目され、やがて「チベット騒乱」と称される事態に広がると政府はより厳しい措置を取り、その弾圧的な取り締まりの模様が世界に伝えられました。この事態を受け、同じ仏教徒として看過することはできないと、当初聖火リレーのスタート地点であった善光寺さまがスタート地を返上し、スタート当日の4月26日には若麻績敬史上人の呼びかけによる「平和を願う僧侶の会」によって善光寺大本堂において、チベット騒乱による犠牲者の追悼法要が営まれました。チベット人のみならず、漢族の犠牲者も悼む法要は、在日亡命チベット人たちが施主となり、チベット支援者をはじめ五百人以上の人々が集い、善光寺本堂には悲しみや悼みとともに、平和を願う祈りのマントラがお堂に満ち溢れました。奇しくもその日4月26日は、中国政府によって身柄を拘束されたまま行方の分からないパンチェン・ラマ11世の誕生日でありました。ダライ・ラマ法王が観音菩薩の化身と信仰されるように、パンチェン・ラマは阿弥陀如来の化身と信仰されることから、ほかならぬ阿弥陀如来を御本尊とまつる善光寺において、チベットのためにかくも深い祈りが捧げられたのは、全国から集ったチベットを思う人々の胸をいっそう熱くするものでした。

自身の生い立ちや亡命生活について語るゲニェン・テンジン氏

しかし、そんな善光寺から一歩外に出れば、長野市の街中は信じられないほどの数の五星紅旗(中国国旗)とそれを振りかざして叫ぶ中国の若者たちに埋め尽くされているのでした。それは、どんな深い祈りも押し潰していく、数と力が弱者を支配する現実世界の姿が象徴されているのでした。
けれども、そのような力の誇示による圧力に屈せず、この日の法要の祈りを決して無にしてはならないという信念から声を上げ、宗派を超えて僧侶たちに広く呼びかけたのが「平和を願う僧侶の会」の僧侶たちでした。特に熊本蓮華院の川原英照師と善光寺徳行坊の若麻績敬史上人は、チベット人への強い連帯心をもって行動し、その輪は宗派を超えて広がり、やがて「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」が結成され、東京芝の増上寺様における第1回の結集へと進んでいったのでした。
その後、正式名称を「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」とし、志を同じくする人たちが集い、チベットを支援する活動を続けて十五年が過ぎました。会は、チベット問題への注視を弛めず、社会に発信し、祈り、行動し続けています。
さて今回、長野で結集を行うにあたり、私たちは会の結成時を振り返るとともに、私たちを互いに結びつけ、結成へと突き動かした動機やきっかけ、あの善光寺本堂の祈りに集った私たちの胸にあった思いへと立ち返りたいと思いました。その思いは人それぞれだったと思います。ある人はチベット人への共感であり、ある人は暴力的圧政への怒りであり、またある人は人間への悲しみであり、人権抑圧への疑問であり、あるいは自由とは何か、平和とは何か、国家とは何か、宗教とは何かとの問いであり、人道や正義など、皆それぞれにあったでしょう。仏法に帰依し、ダライ・ラマ法王を慕う思いから駆けつけていた人も少なくないでしょう。
そんな原点回帰を願う結集が開かれた霊山寺のある花岡平には、もうひとつの原点というべき大切な場所があります。それが60年ほど前に多田等観師と亡命チベット人のラマたちによって、世界平和を願い建てられた宝篋印塔です。地域では「チベット経宝篋印塔」と呼ばれています。ダライ・ラマ法王も参詣されたこの塔の由来は、当会ウェブサイトに詳しいのでぜひご覧ください。
そもそも宝篋印塔というものは私たちが菩提心を起こす功徳を与えてくれる塔です。亡命ラマたちは世界の平和を願って、仏道の原点である菩提心の大切さを教えてくれる宝篋印塔を建立しました。一切衆生を救うために悟りを開こうと誓うのが菩提心です。ここから私たちは、ラマたちが世界平和、チベットの平和へのアプローチをどのように考えていたか想像することが出来るのではないでしょうか。世界の平和とは一切衆生の安らぎであり、その実現に向けたすべての取り組みは菩提心から生ずる慈悲の実践なのでしょう。

終演後に撮影された記念写真

こうして結成15周年にあたり、私たちは長野結集を開催して、結成時を振り返り、チベットの自由と平和への思いを新たにするとともに、結成当初の一人ひとりの原点に思いをはせました。そしてチベット経宝篋印塔に参拝して、建立した亡命ラマたちの思いに触れ、もうひとつの原点として菩提心の大切さをあらためて考えました。私たちスーパーサンガは、チベットの平和を願って当会に集ったそれぞれの原点を大切にしつつ、チベット人たちの平和へのアプローチの原点には菩提心があるということを忘れず、これからも活動してまいりましょう。いつか、この会が役目を終えて解散できる日が必ず来ると信じて。

(スーパーサンガ幹事 岡澤慶澄)