◀池谷薫監督
2016年7月31日(日)16時、シアター・イメージフォーラムでの上映終了後、トークイベントが開催された。映画『ルンタ』は、中国の圧政に対し、2009年から150名以上もの人が自らに火を放って抵抗の意思を示す焼身抗議が行われているチベットの現実を描いたドキュメンタリーだが、『ラサへの歩き方──祈りの2400km』は政治が焦点ではなく、チベットの村人が「五体投地」という礼拝を繰り返しながら聖地巡礼する旅を描いたロード・ムービー。『ルンタ』の監督・池谷薫さんの目に、果たして『ラサへの歩き方』はどう映ったのだろう。
ちょうど一年前に同じ劇場シアター・イメージフォーラムで『ルンタ』が上映され、一年後にまたチベットの映画が上映されることに「本当に嬉しい」と池谷監督。そして「さあ、皆さん。今日は五体投地で家に帰ろうか」とユーモア溢れる言葉に会場が笑いに包まれた。
池谷監督は『ラサへの歩き方』を2016年のこの夏に見ることができた意義として、去年のパリの同時多発テロや先日起きた相模原の事件を例に挙げ、憎悪の連鎖で世界中ががんじがらめになり、他者を認めない世界に向かっている今、チベット人たちの心にある「慈悲」や「利他」という、他者を、生きとし生けるすべてのものを思いやる心にスクリーンで向き合えてとても癒された、この映画が現代にメッセージすることを一人でも多くの人に受け取って欲しいと語った。
トークでは、『ルンタ』撮影のおりに約1年かけて五体投地の巡礼旅をする『ラサへの歩き方』の村人以上にすごい人に会ったというエピソードも披露。チベットのカム地方で五体投地をしているお坊さんに出会った際、映画に登場する聖地ラサから聖山カイラス、さらに国境を越えてインドのブッダガヤまで3年をかけて向かう、とそのお坊さんは言っていたという。それはさすがに無理だろうと半信半疑だったが、3年後にそのお坊さんがブッダガヤに到着したという記事をネットで発見。しかも、往路だけでなく帰りも五体投地で帰る、すなわち行きと帰りで計6年、そのうえその巡礼が2回目だったということで計12年間五体投地をしながら旅をしていたという話。これには観客も驚きの声を上げていた。
池谷監督は、この映画を中国人のチャン・ヤン監督が撮ったことが素晴らしいと評価。チベットが自由になるためには中国がより良い政治体制になっていかなければならないが、「チベットのことが大好きで、そういう気持ちでチベット人を描いた監督が中国にいるということが非常に大切」と語った。先日行われた在日チベット人ロディさんのトークでも「『ラサへの歩き方』には中国の政治もチベットの政治もないから、誰もが見られる。中国の人も見られる。中国の人がチベットを知ることで直接対話するきっかけも生まれる」という話がでたが、池谷監督は、では私たち日本人は何が出来るかということで、現実から目を背けずに関心をもつことを挙げ、『ラサへの歩き方』を見た人たちが、チベットで今何が起きているか、ぜひ関心を持ってほしいと語り、その温かく真摯な言葉に観客から思わず拍手がおこった。
チャン・ヤン監督の「外の目」が生かされた映画
◀星泉さん
『ラサへの歩き方──祈りの2400km』は、チベットの11人の村人が「五体投地」という地面に体を投げ出す礼拝を繰り返しながら、2400kmもの距離を1年かけて巡礼する姿を、村人自身が自分を演じる形で描いた劇映画。公開以来、その驚きの映像に盛況が続いている。この日のトークゲストは、東京外語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授で『ラサへの歩き方』字幕監修に協力してくれた星泉さん。現代チベット映画の2大監督ペマ・ツェテン、ソンタルジャの信頼も篤いチベット文化のスペシャリストだ。
星さんは、まず、「五体投地は『尺取虫のような』と形容されるけれど、それでいえばチベットの人たちは人生の『尺』の取り方が長いんだということをあらためて感じた。今生(こんじょう)でうまくいかなくても来世ではうまくいくと考えるようなスケールの大きさ。それを強く感じさせる映画でしたね」と、『ラサへの歩き方』を見て感想を述べた。
本作は『胡同のひまわり』などで知られる中国人のチャン・ヤンが監督。星さんは「チャン・ヤン監督は長くチベット文化に関心があって『彼らの文化をリスペクトをもって紹介したい』と語っている。まさにその通りで、監督はチベット人に寄り添った形で描いていて、また『外からの目』だからこそ、チベット人には当たり前ことでも、監督が驚いたことや感動したことをとてもうまくエピソードとして配していて、それが素晴らしい。たとえば、妊婦まで一緒に巡礼に出ることや、村人たちの運転するトラクターが追突されてしまう事故のシーン。ぶつけられたのにそのまま行かせちゃうなんて、いくらその人たちの車に高山病の人が乗っているからって信じられないですよね。もちろんチベット人皆がそうする訳ではないけど、『困っている他者がいたら助ける』というチベット人の考え方がうまく出ている」。
そして一方、「チャン・ヤン監督は『外からの目』で描くことに徹し、心の中の葛藤はあえて描いていない。それをやっているのがペマ・ツェテン、ソンタルジャなどチベット人の監督です」と、『外からの目』と『内からの目』の違いを語る星さん。『タルロ』で昨年の東京フィルメックスのグランプリを獲ったチベット人のペマ・ツェテン監督を例に挙げ、「ペマ監督は『チベット人にしか撮れない映画、自分たちが日々何を考えているかを表現したい』と言っていて、例えば『タルロ』であれば人間の弱さや絶対的な孤独を描いている」と説明。今後は、チベット人監督が撮ったチベット映画が公開されることを期待した。
その後は、実はこの映画の村人たちの暮らすマルカム県は、男性も女性もとても美しい人が多いという話にもおよび、巡礼チームのリーダーの男性ニマや、巡礼中に赤ん坊が生まれる若い父親セパのハンサムぶりを紹介。さらには自宅で試す五体投地のポイントなど映画のさまざまな楽しみを紹介してトークショーは終了した。
監督・脚本:チャン・ヤン 撮影:グオ・ダーミン 出演:チベット巡礼の旅をする11人の村人たち
118分/中国/2015/COLOR/チベット語/DCP/16:9/DOLBY5.1/配給:ムヴィオラ www.moviola.jp/lhasa
シアター・イメージフォーラムにて絶賛公開中。ほか全国順次ロードショー
◎お問い合わせ ムヴィオラ(成瀬・梅原)MAIL:info@moviola.jp TEL:03-05366-1545
イメージフォーラムでの今後のトークイベント
8月07日(日)13:20の回 諸岡なほ子さん(『世界ふしぎ発見!』ミステリーハンター)
8月11日(木・祝)13:20の回 渡辺一枝さん(作家)