全国の皆様新年あけましておめでとうございます。当会は日本の心ある僧侶が全ての宗派や世代、更にはイデオロギーをも超越してチベット問題に特化した運動を展開する為に、昨年5月から発足した会です。
「──僧侶の会」と名称はなっていますが、決して僧侶でない方のご参加を拒んでいる訳ではありません。先ずは我々僧侶が一人の僧侶、そして一人の宗教者としての立位置で、チベットでこれまで起きて来た宗教弾圧や文化の破壊、人権の抑圧等をしっかりと見つめよう。
また世界宗教としての仏教の立場から人間としての「普遍的な責任」「普遍的な愛・慈悲・思いやりの心」「普遍的な共感」を先ずは私達僧侶が共有すべきである。また、私達僧侶がチベット問題にしっかりと向き合う姿勢を明確にする為に、「ーー僧侶の会」としたのであります。
まだまだ組織としては整っていませんが、全国の幹事会・常任幹事会そして関東地区支部・九州地区支部・関西地区支部・広島ブロック支部、そして近々長野ブロック支部が発足する予定です。(県境を越えた地区を「地区支部」とし県単位を「ブロック支部」)
来る三月十日の『チベット蜂起50周年』の記念日にはそれぞれの支部で様々な企画が検討されています。
皆さん、縁のある地域での催しに振るってご参加下さい。
ところで、これまでの私達の一連の運動に対して「僧侶が政治的な運動をすべきではない」とか「チベット支援は中国への内政干渉である」などの批判をされる方がおられます。一見まともな意見の様に感じられますが、果たしてそうでしょうか?
何をもって政治的活動と捕えるかは議論の分かれる処ですが、そもそも「チベット問題」に対して正確な知識を日本社会では持ちにくい処からこの様な誤解があるようです。
この問題を「国際的なイジメ問題」「宗教者の普遍的な責任を問う」と捉えるてみると大きく見方が変わってくるでしょう。
また、この会に集っている仲間は一人の例外もなく、チベット問題と出会う以前から様々な社会的な問題と向き合い、何らかの実践を行って来た方ばかりです。その意味で、当会は現代の諸問題にしっかりと向き合て来た僧侶が宗派の枠を超えて集った、これまでの日本社会には数少ない組織と言えるでしょう。
当会がその特性と柔軟性を更に発揮し、日本社会にまた、国際社会に何がしかの普遍的な責任を果たせるか否かは、互いの違いを生かしあい、尊重し会う所から始まると確信しています。この「違いを認め会う寛容の心」こそ、仏教の持つ大切な特性であり、当会の基本姿勢として持ち続けるべき基本姿勢の第一としたいものです。
合掌
宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会・代表幹事 川原英照