チベット殉難者慰霊追悼法要祭詞 平成二十五年三月十日(導師 三宅善信 当会顧問)

天台宗天鷲寺での法要 導師は当会顧問 三宅善信 金光教泉尾教会総長

▲天台宗天鷲寺での法要 導師は当会顧問・三宅善信(金光教泉尾教会総長)

チベット殉難者慰霊追悼法要祭詞 平成二十五年三月十日(導師 三宅善信)

これの天台宗天鷲寺の本堂に招(お)ぎ奉る 掛け巻も畏き 諸佛諸菩薩をはじめ八百萬(やおよろず)の神々の御前に 「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」顧問 三宅善信 畏み畏みも白作(まふさく)。

畏かれど三世十方の神佛はし その御徳天地に充ち亘らせ給ひ 全(なべ)てのこと整へ 萬のもの皆を生かし給ひてあるが中に 天ヶ下に住む人間は皆 世界各地の伝統風土によりて 各々(おのもおのも)の身に立ち沿わす神佛を敬(いやま)ひ畏み忝なむことこそ尊けれ。

別きてもチベット民族はや いと高き山岳地帯の厳しき環境の中 佛法を心の拠り所として 千年てふ長き年月 周辺諸国と平和裏にいと懇ろに慎ましく暮らし給ひてあるが中に 一九四九年十月 中華民族同士の激しき内戦を経て 暴虐なる共産主義国家が勃興し 早くもその翌年より領土的野心を周辺諸民族へと向け始めぬ。

かかるが中に 一九五六年より共産党政権 本格的にチベット侵攻を開始し 時をも置かず寄せ来たりし百万の人民解放軍はし 長閑(のどか)に暮らす人々の家居はもとより 由緒ある僧院を破壊し 十数万てふ夥(おぼただ)しき無辜(むこ)のチベット人の命を奪ひ行きぬ。

阿奈あはれ 妻子(めこ)に夫(せ)に母父(おもちち)にと 想ひ残せるまま身罷(みまか)りしチベット人の御霊の心のみ郷里(ふるさと)に留り給ふは 哀しくも口惜しき極みなりければ かつがつ現世(うつしよ)に生き残りしチベット人はし 一九五九年三月十日 活佛たるダライ・ラマ十四世法王を奉じ 極寒のヒマラヤ山脈を越え 御命懸けて佛法の元津国たるインドの地へ逃れ、彼の地より全世界に向けて 対話といふ平和的手段によるチベット民族と中華人民共和国との平和的共存を呼びかけてより 月日に関守なく さしたる成果も得られぬまま 今年はも五十四年とはなりぬ。

しかれども 近年の経済的繁栄により ますます自己の蛮行を正当化し 周辺諸国家・諸民族の声を無視し続ける中国共産党政権はし かねてより蹂躙いたしおるチベット・ウイグル・モンゴルらの諸民族はいふ及ばず 遙かに海を隔ててあるこれの日本をはじめ南シナ海の島々に至るまでその版図に収めんと いよよその本性を現したることこそ由々しけれ。

さあれども チベットの故地に残れる人々はし 苛烈極まりたる中国の民族浄化政策に対し 百九名の僧侶・青年・婦女子らの焼身抗議を含め あるゆる手段(てだて)で抵抗するも、彼我の力量の差はいかんともし難く 次々に捉えられ 或は 殺害されゆきぬ 阿奈慨(うれた)きことの極みにこそ。

チベットの人々はし 陵辱されしかの地を彷徨(さまよ)へども 詮術もなく 涙枯れ言葉失ひ 朝に昼に もとほり縋らむ伝手もなく 心に負へる傷癒へずとも 今はただ「御霊よ安かれ 鎮まり給へ」と御霊慰(みたまなご)め宇良賀志(うらがし)奉らむと 御前に心尽くしの味津物(ためつもの)を供へ奉り 「宗派を超えてチベットの平和を祈念し、行動する僧侶・在家の会」の有志一同こぞりて慰霊追悼法要仕へ奉るこの状(さま)を 阿奈快なと 御覧(みそな)はし給へと白す。

かく仕へ奉りて白作は 言巻くも尊きダライ・ラマ十四世法王聖下の大御命を長く久しく祝ひ奉り チベット民族挙げて取り組まむ元津姿に戻さむ営みに 神佛の限りなき幸(さきは)ひ蒙らしめ給ひて 今より後われらの念願の成就する日まで 遙けき日本の地に於ひて 祈りの燈を伊照らし導き 平和の行進を弛(たゆむ)むことなく怠ることなく歩ましめ給へと 畏み畏みも乞願ぎ奉らくと白す。

桂七福師匠による落語「チョビット・チベット」の様子

▲桂七福師匠による落語「チョビット・チベット」の様子

阿倍野・天王寺の行脚=ピース・ウォークの様子

▲阿倍野・天王寺の行脚=ピース・ウォークの様子