コラム
非暴力の闘いに込められたチベット人の心を描く衝撃のドキュメンタリー

非暴力の闘いに込められたチベット人の心を描く衝撃のドキュメンタリー

チベットでは中国の圧政に対して自らに火を放ち抵抗を示す〝焼身抗議〟が後を絶ちません。その数百四十一名(二〇一五年三月三日現在)。今も多くの命が失われています。インド北部の町ダラムサラ。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世が暮らすこの町に、三十年間住み続け、建築家、NGO代表… [全文を読む]
ジレンマを受け入れ、考える事を諦めず行動する事を学ぶ

ジレンマを受け入れ、考える事を諦めず行動する事を学ぶ

私が本作品に係ったのは二〇〇八年からでした。チベット問題やダライ・ラマ十四世については北京オリンピック騒動で承知している程度で、その意味で私も本作の主人公と同じ立場でした。製作にあたりダライ・ラマ関係の本や記録に目を通している時、ある疑問にぶつかりました。「我々はダライ・ラマの言葉から何を感じ、どう行動しているのだろうか」… [全文を読む]
ご厚意をデオラリ・チョルテン・ゴンパに

ご厚意をデオラリ・チョルテン・ゴンパに

スーパーサンガの会員の皆様へ。賢明でやさしい心を持ったお坊さんを育てるために、ヒマラヤの麓シッキムに安住の地を見つけたチベット仏教の慈悲の光を絶やさないようにするため、皆様のご厚意をデオラリ・チョルテン・ゴンパに届けさせていただきました。このお寺の管長はドトップチェン・リンポチェで、今年八十八歳です。チベットで一番古い仏教の伝統(古訳ニンマ仏教)を大切に今に守っています… [全文を読む]
海の近くに住んでいる人の国で思うこと

海の近くに住んでいる人の国で思うこと

私はロサン・プンツォといいます。東チベット・カム地方のリタンで生まれました。リタンはチベットのカム地方にあり、広大に拡がる草原や森でとても有名な場所です。リタンの夏はとても美しく、大草原には多くの花が咲き、リタンの冬はとても寒く、夏と冬の気温差が非常に激しい場所です。街のはずれにはダライ・ラマ三世ソナム・ギャツォが建立したリタン大僧院があり… [全文を読む]
宝篋印塔を巡る不思議なえにし

宝篋印塔を巡る不思議なえにし

人の念──おもい──が時を越えてはたらきかける。そんなことは空想のお話の中ならともかく、現実の暮らしの中では起こりそうもありません。ところが、人の念が、時を越えてはたらきかけたとしか思えない、不思議なことが稀におこります。私は、長野市の善光寺の背後にそびえる大峰山の中腹、花岡平に今もたたずむ西蔵経宝篋印塔の前に立つと、二〇〇八年の春、初めてこの塔の前に立った時のことを思い出し、その不思議… [全文を読む]
四方僧伽とチベット

四方僧伽とチベット

四方僧伽とは「世界の人々が、ほんらい和合するつどい(サンガ)である」とのお釈迦様の根本の教えに由来しています。しかし、その教えとは裏腹に、世界の実情は、対立や騒乱、戦争、自然環境の破壊、貧富格差の拡大、人権の抑圧、そして人間精神の崩壊など、日を追うごとに悪化の一途をたどっています。この状況を憂い、今、世界の仏教徒たちが宗派の違いを乗り越え、互いに手をたずさえ、悲しみと絶望を希望に変え、人類の真の和合をこの世に顕現しようとしています… [全文を読む]
ダライ・ラマ十三世の遺言

ダライ・ラマ十三世の遺言

現在世界中で八面六臂の活躍をしておられるダライ・ラマ法王が、十四世であることはよく知られています。いつも笑顔を絶やさず、チベット人のみならず世界中の人々から敬愛されている現法王の前世のご人格、それがダライ・ラマ十三世です。写真を拝見すると、カイゼル髭を生やし眼光鋭く、少し厳しさを感じさせるそんな風貌であられたようです… [全文を読む]
謹賀新年

謹賀新年

 全国の皆様新年あけましておめでとうございます。当会は日本の心ある僧侶が全ての宗派や世代、更にはイデオロギーをも超越してチベット問題に特化した運動を展開する為に、昨年5月から発足した会です。  「──僧侶の会」と名称はな ... [全文を読む]
仏教者・宗教学者から見るチベット問題

仏教者・宗教学者から見るチベット問題

朝日新聞出版発行の「一冊の本」2008年7月号に掲載された「宗教聖典を乱読する 番外編:仏教者・宗教学者から見るチベット問題」を、釈師のご了解により紹介させていただきます。問題の理解の助けにもなるので、ぜひお読み下さい。 ... [全文を読む]
世界仏教徒センター

世界仏教徒センター

 33年の間、インドでお寺を建てる事が出来まして、21世紀の始まりに宗派、教団を離れて、世界仏教徒センターとして、一仏教僧として、夏はラダック、冬はデリーと世界の国の仏教徒と一緒に活動をしています。  デリーは世界の巡礼 ... [全文を読む]
私的宗教体験

私的宗教体験

 私は1975年12月に初めてインドに来ました。何故インドであったかと言うと、神秘性と物価の安さと、その頃の日本の高度経済成長に対する反発があったと思います。そして暑い所が苦手で、ヒマラヤの魅力に取り付かれた私はチベット ... [全文を読む]
民族と宗教

民族と宗教

 いつもインドで感じる事は、民族と宗教のバランスです。大乗仏教は世界の宗教では稀に、国の名、(民族)の名を冠して語られる事の多い宗教です。チベット仏教。中国仏教、朝鮮仏教、日本仏教など。また上座部仏教でさえ、スリランカ、 ... [全文を読む]